防御法

 まず相手が吸血鬼であることを見破る必要がある。

 吸血鬼がどんな服を着ているかというと、小説『吸血鬼ドラキュラ』ではとにかく黒ずくめである。現在の我々がドラキュラと聞いて思い浮かべるあの格好はハミルトン・ディーンという俳優が考えて舞台で大当たりをとり、その後の映画へと引き継がれたもので、とにかく我々の知るドラキュラ伯爵とは、小説ではなく芝居や映画の創った怪物なのである註1。東欧の伝説に登場する現実(?)の吸血鬼は埋葬された時の服をそのまま着用している。

 註1 映画『ドラキュラ都へ行く』には、伯爵が「もっとラフな格好がしたいんだけど出来ないんだ」という意味の台詞を吐くシーンがある。これは、上流階級の面子のせいで下賤の格好が出来ないという意味なのか、怪物としての特別の理由があるからなのかは不明。

 ぼろぼろの死装束、さらに口には犠牲者の血がこびりついて異臭を発しているノノなら、そいつが吸血鬼だと一発でわかるが、もし普通に、少なくとも西欧の上流階級の紳士の様に、一部の隙もなくイヴニングを着こなしていたら、どうやってその正体を見破るか?

 まず蝋燭に火を灯し、照らしだされた相手の足もとを見る。吸血鬼には影がない。影は生きていることの証明だからである。しかしものによっては影を持ち、生者がその上に立つだけで死ぬこともある。その一方で、吸血鬼は鏡に映らない。鏡は生者のみを映すが、吸血鬼は生死どちらの世界にも完全には属さないからである。もっとも、この鏡云々の話もローカル伝説である。影と鏡の話はやはり『吸血鬼ドラキュラ』が有名にしたのである。通常、吸血鬼は十字架を見せると怯んでしまうし、後述するように大蒜の臭いも非常に嫌うので、正体を見破るのはわりと簡単である。

 次に、吸血鬼の侵入を防ぐ方法である。

 まず戸締りを厳重にする。前述の通り吸血鬼はその家の人の承諾を得なければ中に入れないので、外から呼ばれても答えない。万が一吸血鬼の策略にかかった場合に備え、あちこちに大蒜の束を吊るしておく。大蒜が悪を退けるとの言い伝えは古代エジプトにその源を持つという。東欧の吸血鬼は基本的に強烈な臭気を嫌うとされ、これは、耐え難い死臭をはなつ死者に対し「毒をもって毒を制する」という発想からきているらしい。

 吸血鬼によっては霧に姿を変えて小さな隙間から侵入してくる恐れもあるので、鍵穴やドアの隙間に塗り込むことも忘れてはならない。それから、人間が害を免れても家畜が襲われる可能性があるので、家畜小屋の方にも大蒜をつるさねばならない。もし大蒜がないなら、何でもいいから嫌な臭いのするもの、極端な話牛糞や人糞でも効力を発揮するといわれている。

 次に、辛子・亜麻・人参・ケシ・黍などを撒いておく。亡者は何かにのめり込む性質を持っており、それらを拾ったり数えたりせずにはいられなくなるという。同じ理由で、ドアに魚網をかけておくと、吸血鬼はその編み目の数を数えるのに熱中してしまう。地方によっては墓の中に結び目のたくさんある紐を入れておく習慣があるといい、甦った死者はそれをほどくのに手間取って外に出ることが出来ないという。死者は1年に1つの結び目しかほどくことが出来ないという決りがあるらしいのだがノノしかし東方正教では結び目は屍体を腐敗させない効果があると信じられ、吸血鬼対策としては逆効果になってしまうという。それはともかく、特定の物にこだわるという性質を利用した退治法は他にも存在し、例えば、吸血鬼とおぼしき屍体から靴下を片方だけ脱がして川に捨てておくと、吸血鬼はそれを探しまわって、最後に川に落ちて溺れてしまうという。

 川といえば、吸血鬼や魔女は流れる川を泳いだり渡ったりすることが出来ない。水には悪や罪を流し去ってしまう性質があり、従ってギリシアには吸血鬼を島流しにするという話があるという。したがって柩の中に水を注いで吸血鬼化を防止するとの方法も考えられるのだが、他にも吸血鬼が恐れる物として、刺のある植物があげられる。何故だか知らないが尖った植物には霊力が宿っていると信じられ、特に刺のある野薔薇の蔓でつくった十字架は大いなる威力を持つ。また、薔薇の花弁と香りは悪に対する強力な武器となり、その花は酸のように吸血鬼を焼くことが出来るという。かの「薔薇十字団」の薔薇は超越的霊性のシンボルなのである。あと重要な吸血鬼除けとして蝋燭がある。

 そもそも明るい光は吸血鬼をよせつけない。蝋燭は象徴的に太陽の光をあらわし、霊的な意味でキリストの光につながるものである。従って夜でも蝋燭を灯しておけば大丈夫、といいたいところだが、ドラキュラ伯爵は明るい灯火や暖炉の燃える部屋でも平気であるし、そもそも東欧の伝説では、昼日中でも平気で歩き回る吸血鬼も多いという。『吸血鬼カーミラ』のカーミラは昼日中でも全然平気である。


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