吸血鬼の性質

 吸血鬼が特に活発に動くのは毎年5月5日の前夜である。これはドラゴン退治の聖ジョージ(ゲオルギウス)の日であるが、聖人の守護が効力を発揮する日の前の晩に吸血鬼が人間を襲うという迷信は、ちゃんと『吸血鬼ドラキュラ』にも取り入れられている。

 移動する際にはコウモリや狼に変身する。昼間は隠れて夜間に行動するコウモリはキリスト教以前から不吉な生き物とされてきた。狼は地中海沿岸では豊穣の象徴であったが、北欧では暗黒や冬の象徴とされており、キリスト教で後者のイメージが強いのは、ゲルマン諸族へのカトリック布教に際して土着の信仰を取り入れていった一例と考えられる。しかし『吸血鬼ドラキュラ』の伯爵が群狼を操るのに対し、一部の地方では狼は吸血鬼の敵であるともされる。古代のスラブ民族では狼は崇拝の対象であり、人が狼に変身する「人狼伝説」がたくさんある。ちなみに『吸血鬼カーミラ』のカーミラは名門の令嬢を名乗るだけあって猫に変身するのを好む。

 そもそも動物が吸血鬼になることもありうる。死者の上を動物が飛び越えた際に死者の魂が乗り移るとされるが、羊や鶏すらも例外ではないという。「吸血鶏」ってノノいや、しかし、一番笑ってしまうのは、ユーゴスラヴィアのイスラム教徒ジプシーの伝説が語る「吸血カボチャ」「吸血スイカ」「吸血メロン」である。あまりにも長く放置されたものが変化したもので、唸るような声を出し、血のような模様が出来、ごろごろ転げ回るが、歯がないので大した危険はないという。退治法は湯にいれて帚で強く洗い、捨ててしまうのがよい。その帚は焼き捨てる。他にも軛の木の瘤や麦束を束ねる棒も、3年以上使わないでいると吸血鬼になるという。しかしこういうのは吸血鬼というより「もったいないオバケ」の類ですな。

 話を戻す。コウモリに変身した吸血鬼が夜の空を飛び回るのはお馴染みだが、ドラキュラ伯爵は動物だけでなく霧となってドアの隙間を通り抜けることも可能である。吸血鬼の種類によっては蝶・鼠・蚤・蝗にも変身出来るが、これもやはり狭いところに入り込むためである。

 しかし吸血鬼にとって、長距離の移動は困難である。昼間は行動出来ないので寝ているしかないが、寝る場所には故郷の土が必要である。ドラキュラ伯爵は故郷トランシルヴァニアからロンドンに移るのに、故郷の土を入れた数十個の柩を運ばせ、ロンドンの各地にアジトを設定している。

 トランシルヴァニアにおけるドラキュラ伯爵は独り住まいである。これはまあ怪物だから当然かもしれないが、ドラキュラ城を訪れた弁理士ジョナサン・ハーカーを途中まで迎えにいく馬車の馭者に変装したり、客人の食事をこっそりと作ったり、はてはベッドメイクまでしたりと大忙しである。ちなみにメニューはローストチキンにチーズにサラダ、トケイの古酒だそうで。しかし、ドラキュラ伯爵が移り住んだイギリスでは召使いがいない貴族というのは異常な話で、中流以上の家庭はつまり召使いを雇うという点で労働者階級より上に立っていたのであった。これはもう面子の問題で、無理をしてでもメイド・家令・馭者・馬丁を雇おうとするので、1891年のイギリスの全就業人口のうち、召使いの割合は15.8%にも達していたというから驚きである。そのせいかどうか、伯爵もロンドンでは召使いを雇い入れている。ただし金で雇ったものではなく、伯爵の邸の近くの精神病院にいるレンフィールドという患者で、その精神を支配して様々な雑用を申し付けることになるのである。

 普通の吸血鬼は自分の墓場を根城にしている。ただ、普通の墓はきちんとした埋葬儀礼のもとにつくられるが、困るのは納骨堂である。こちらは正式の葬儀を必要としないため、何らかの理由で「不浄」とされた遺体が安置されるため、吸血鬼の格好の住処となってしまうのである。

 だが、人間社会に紛れ込んでしまう吸血鬼もいる。ブルガリアの「プルーテニック」は、吸血鬼になって最初の40日間は火の影か山羊の革袋となってすごしている(ノノ?)が、その後肉体を確保し、町に住んで商人や職人になりすまして、あろうことか結婚してガキまでこさえるという。そして頃合を見て犬に変身、自分の妻に噛みついて血を啜るというのだが、吸血鬼と人間が子供をつくるという伝説は他にも存在し、その子供(ジプシーは「ダンピール」というが、呼び名は様々)は吸血鬼ハンターとして最高とされる。例えばアルバニアのそれはタンバリンを鳴らして吸血鬼を誘き寄せて殺すという。何故タンバリン?

 次に食物である。吸血鬼の食糧はもちろん血だが、それ以外に普通の食事を食べる者もいる。ブルガリアの「ウボウル」は堆肥や排泄物を食べるされ、それがない時だけ血を求めるという。ちなみにドラキュラ伯爵は絶対に血以外に飲み食いせず、「わしはノノワインは飲らん」とも語っている。

 血を吸う以外にも色々な殺人技を持つ吸血鬼もいる。ギリシアのある地方では、吸血鬼が民家の戸をノックして住人の名を呼ぶが、これに返事をした人は翌日死ぬといい、ポーランド北部のカシューブ地方の吸血鬼は、墓から這い出して教会の鐘を鳴らし、その魔力によって鐘の音の届く範囲の人をみんな殺してしまうという。しかし多くの場合、吸血鬼はそこの住民の同意を得ない限り人家に侵入することは出来ないので、様々な策略を巡らし、自分の正体を偽って中に入ろうとする。恐ろしいのは、強力な催眠術によって知らぬ間にドアを開けさせる吸血鬼が存在することである。ドラキュラ伯爵はもちろん催眠術の達人である。他に、口から火を吹く吸血鬼も存在する。ボスニアのセルビア人の伝説では、吸血鬼はふいごの形をしていて、転がりながら火を吹くという。これは恐ろしいというよりユーモラスである。


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