吸血鬼になる理由

 「吸血鬼」とは、まず甦った屍体であり、夜になると墓を出てさまよい、眠っている人の血を吸うという怪物である。「幽霊」が肉体を持たない霊魂のみの存在であるのに対し、「吸血鬼」は曲りなりにも肉体を有している。そしてキリスト教においてはキリストの血が「生命の水」とされるが、これが転化して「血=永遠の生命」となり、甦った死体が生者の生き血を求めてさまよい歩くとの「吸血鬼伝説」が発生したと考えられている。

 似たようなものはヨーロッパ・キリスト教文化圏の外にも存在し、例えばインドの「羅刹」、中国の「僵屍(キョンシー)」、ギリシア神話の「ラミア」等が知られているが、吸血鬼伝説の本場はやはり東ヨーロッパである。

 では、いかなる者が吸血鬼となるのであろうか? まず犯罪者、それから貪欲な人、娼婦といった、社会から嫌われ蔑まれる人々である。しかし真面目な人であっても吸血鬼になる可能性はある。不浄な動物(鵲・鶏・牝犬・猫・等々)が屍体の上を飛び越えると、その屍体は吸血鬼になる。また、「受苦日」「四旬節」「復活祭」等に正式の夫婦でない両親から生まれた子供は吸血鬼になるとされ、他にも自殺者、異常な高齢で死んだ人、洗礼を受けずに死んだ人といった、普通でない死に方をした人も吸血鬼となりうる。セルビアでは水死者が吸血鬼となって雹を降らせると信じられ、雹が降って農作物を痛めつけようとすると、人々は知っている限りの水死者の名前を叫び、雹を他所にそらしてくれるよう懇願するという。水死・自殺・他殺は、予め定められた寿命を突然縮めるということであり、ショックを受けた屍体に悪魔の侵入を許してしまうという理屈である。

 また、ルーマニアでは、7番目の子供から生まれた7番目の子供が吸血鬼となるというが、昔は多産だったことを考えるとかなり確率が高そうである。他にも、狼が殺した羊の肉を食べたらいけないとか、妊娠中の母親が塩分摂取不足ならその子は吸血鬼になるとか様々な言い伝えがあるが、一番有名なのは、吸血鬼に血を吸われた被害者はそのまま吸血鬼になってしまうという伝説である。

 しかしながら、復活した死者が必ず吸血鬼になる訳でも、人に害をなすと決っている訳でもない。例えばギリシアのサモス島で甦ったある小作人は、生前にやり残していた畑仕事をするためだけに毎夜墓から這い出していたという。これは害のない「甦った死者」の最たる例だが、彼に夜毎こき使われた耕牛が過労で死にそうになったので、結局墓を暴かれて始末されてしまったのだった。この話は、この世に未練を残して死んだ人間はしばしば甦ってくるという好例である。


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