退治法

 とりあえずは十字架・護符・聖水・聖餅といった、キリスト教の息のかかったものが必須である。ちなみにロザリオはイギリス国教会では「偶像崇拝につながる」として禁止だが、吸血鬼を倒すには必須のアイテムである。剣や蝋燭を十字型にクロスさせるだけでも結構有効だが、やはりキリストの磔刑像のついた正しい「十字架」が望ましい。とはいえ強力な吸血鬼に対しては無力な場合もある。聖水とは聖職者によって祝福された水であり、吸血鬼にかければ酸の様に焼くことが出来るが、強力な魔除けでもあり、近くに吸血鬼がいれば白熱して危険を知らせるという便利なものである。道具がなくとも、例えば『吸血鬼カーミラ』は賛美歌を聞くだけでガタガタと震え出す。

 十字架は銀製のものが望ましい。錬金術において銀は月及び女神ダイアナの善性を象徴するとされ、あらゆる悪に対する強力な防御手段となる。セルビアでは吸血鬼や人狼と戦う武器として、十字架の描かれた銀貨を溶かしてつくった弾丸が薦められている。ただし十字架を使う場合には、その地域がどの文化圏に属するかを前もって調べておく必要がある。東方正教圏の吸血鬼にラテン十字架を見せても意味がないのである。それから、銀の銃弾で吸血鬼を倒した場合、その残骸を月の光の下にさらしてはならない。特に満月の光は吸血鬼や人狼を活性化させるとされている。イギリスの吸血鬼小説の第1号であるポリドリ著『吸血鬼』に登場する吸血鬼ルスヴン卿はこの伝説に従い、盗賊に銃で打ち倒された後に月の光を浴びて甦っている。

 おっと、忘れるところだったが、バルカン半島には「イスラム教徒の吸血鬼」も存在するので、彼等にキリスト教のアイテムが効くかどうか甚だ疑問であることを付け加えておく。アルバニアのザドリマにはキリスト教徒もイスラム教徒も住んでいるが、両者は死後吸血鬼になっても仲が悪いというシャレにならん話がある。また、ルーマニア人の伝説では、ハンガリー人の吸血鬼は聖職者でも聖水でも退治出来ないとはっきり言っている。屍体の腐敗(「捜索法」の項を参照のこと)や十字架うんぬんの話もあるので、いやしくも世界をまたにかけんとする吸血鬼ハンターならば、各国の宗教や民俗に精通している必要が絶対にあるのである。

 吸血鬼の持つ様々な特性を利用した退治法もある。まず水を嫌うという性質を利用し、浴槽に沈めてしまうという方法、ただしその後の屍体の処理が問題である。ものにこだわるのにつけこむ方法は先にも紹介したが、マケドニアには、納屋に誘きこんで山積みの黍を数えさせ、夢中になっているところを後ろから釘で打ち付けたというマヌケな話がある。

 ブルガリアの熟達した妖術師は、イコンを用いて巧みに吸血鬼を追いつめ、瓶の中に閉じ込めてしまうことが出来るという。これはよほどの達人にしか出来ない芸当だが、その瓶はコルクで蓋をしてイコンで封印し、燃えさかる火の中に投げ込んで終りになる。

 しかし、そんな具合に活動中の吸血鬼と武器をもって渡り合うよりも、土曜日の昼間、動けないでいる吸血鬼をしとめる方が楽である。まず、その心臓をえぐり出す方法。血液を送り出す心臓は吸血鬼にとっても力の源である。心臓を摘出するには、まず香を焚いて悪臭を誤魔化し、胃からメスをいれて、手探りで心臓を掴み出す。ただし、摘出方法は地方や民族によって異なる。ジプシーの伝説によれば、吸血鬼の血がついた人間は発狂するとされるため、「胃からメスをいれて体内を探りまわす」など言語道断である。セルビアではこうやって取り出した心臓はワインで煮詰め、また体内に戻しておくというが、ルーマニアではその心臓を熱した釘や杭で突き刺すといい、単に焼くだけという地方もある。

 そんな手間のかかる方法を用いずとも、首を切り落とすだけでよいともされる。しかしその首を胴の近くにおいておくとつながってしまう怖れがあるので、足元に置いたり臀部の後ろに突き刺したりする必要がある。

 一番ポピュラーなのは、杭を用いて吸血鬼を串刺しにする方法である。杭はトリネコ、セイヨウサンザシ、ビャクシン等を用い、死体を大地に釘付けにすることによりその復活を妨げるのである。打ち込む際に祈りの言葉を唱えればなおよろしいが、吸血鬼をしとめるには一撃のみで打ち込まねばならず、二撃以上では復活してしまうとの話もある。『吸血鬼ドラキュラ』では状況描写の必要上何回も打ち込んでいるがノノ。

 ところが伯爵は最後は(夕暮れ時で力が発揮できないとはいえ)蕃刀と匕首であっさりと始末され、粉々の塵になってしまっている。この小説で胸に杭を打ち込まれるのは伯爵のしもべにされた女性である。ドラキュラ伯爵が杭や太陽光線で倒されるのはやはり映画の話である。映画や芝居が原作と違ったイメージを世間に広めるのはよくある話なのである(フランケンシュタインの怪物はもっと落差がある)。

 『吸血鬼ドラキュラ』はともかくとして、普通の吸血鬼退治の場合、杭を打った後は首を切り落とし、口にニンニクを詰め込むのがベストであった。『吸血鬼カーミラ』はちゃんと(?)杭で殺される。ちなみにウクライナでは杭にはハコヤナギを用いるが、これは、キリストを裏切ったイスカリオテのユダが首を吊った、呪われた樹であるとされるからである。杭を打つ前に煮えたぎった油をかけるという地方もある。狙うのは心臓だが、ルーマニアの「ストリゴイ」は心臓を2つ持つので要注意である。

 しかしながら、吸血鬼の中でも特に強力な奴は、首を切ったり杭を刺したりした程度で死にはしない。何故なら、吸血鬼は最初から死んでいるからである。ただし、それはあくまで中途半端なものであり、霊魂の宿る肉体を焼き滅ぼせばそれで終りである。もちろん焼いても骨は残ってしまうが、死者の霊魂は骨には宿らないと考えられる。従って、例えばセルビアでは、吸血鬼は骨を持たないとされるのである。ただ、日本と違ってヨーロッパでは火葬は宗教的に禁止とされるのでこれは最終手段であり、手間もかかるので滅多に行われない。火葬する前に、屍体を寸断するとか、断頭するとか、肉片を油・ワイン・聖水で煮るとかいう地方もあり、焼く時に煙の中から出てくる虫も全部殺すのがよいとされる。ちなみに、ギリシア人は杭を打つという退治法を用いないため、心臓をえぐり出すか八つ裂きにするか火葬にするのが一般的である。また、ここまでに述べてきたような大袈裟な退治法を用いずとも、吸血鬼には生前破門された人が多いので、村の人々の同意を得て破門を解いてやればそれだけで成仏出来たりもするのである。


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